夢のような夢

主に伊野尾くんの話を気ままに書く。へ〜い!せ〜い!じゃーーんぷ!!!

赤西くんを妄想に閉じ込めた話

ジャニオタと自称するようになったのはつい昨年のことで、担当と名乗る存在も伊野尾くんが初めてだと思っている。
でも、中学生の頃赤西くんが大好きで、それは今思うと、とても歪んだ愛だった話。
(アイドルを応援するスタンスは人それぞれだと思います。夢やらリア恋やらを否定的に捉えている部分もあり、不快に思う方もいらっしゃるかもしれません。閲覧注意お願いします。)


















2005年、わたしは中学生だった。ごくせんの第2シリーズで赤西くんに出会い、KAT-TUNの存在を知った。中でもワイルドな魅力を持つ赤西くんの虜になった。まわりにもそんな女の子がたくさんいたし、わたしもその中の1人だった。
少ないおこずかいで雑誌を買った。動画サイトを漁り、KAT-TUNの曲を聴いた。ハルカナ約束が好きだったなぁ。
インターネットで彼らを検索するうちに見つけたのが夢小説。夢サイトには憧れの赤西くんとわたしのめくるめくラブストーリーが綴られていた。(と当時は感じた)それからというもの、夢小説にどっぷりハマり、お気に入りのサイトの更新を楽しみにする毎日。
そのうち自分でも小説を書くようになった。まわりの子がコンサートに行くとキャーキャー言うのを横目に、わたしは夢小説ばっかり書いてた。この頃もう、わたしの中の彼は、顔だけが彼の別人になっていたと思う。
実を言うと赤西くんに会いたいと思ったことがなかった。それはたぶん、妄想の中の彼、自分が作った彼の偶像で満足していたからだ。顔や曲のイメージだけで、彼の内面を想像して、よく知っているような気持ちにすらなっていたかもしれない。
わたしは赤西くんを妄想の世界に閉じ込めてしまった。

なぜいまこの話か。わたしはこの経験から、自分だけの偶像を作る怖さを知ったからだ。今だって、伊野尾くんのイメージを勝手に作って、こういう人だと思い込んでいるところがある。想像を超えた一面を見ると驚くし、本当はそうじゃないと信じたくもなる。アイドルという存在自体偶像なのかもしれない。一般人だって外面なんていくらでも作る。
それでもわたしはHey!Say!JUMPの伊野尾慧という人に惹かれたし、担当として活動を追っていきたい。偶像を作らないと決めたわたしは、彼を理解できそうにないと感じているけれど、それでいいとも思っている。
彼が見せたいと思い見せてくれる姿を、かっこいいと思うこと。
今が一番魅力的だと思えること。
理解以前のそういうシンプルな感情が原動力になって、伊野尾くんを応援したいと思える。アイドルとファンの理想の距離感はこれくらいなんじゃないかな。わたしは今、とても居心地が良い場所にいる。